幻影奇譚/いなだ詩穂 感想
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2009/08/05 12:13:19
2009/08/05 12:13:19
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作品紹介
明治~大正を舞台にした「幻影奇譚」4編と、読みきり「背中ノ思イ出」を収録。「幻影奇譚」は時代物で、妖(あやかし)が登場するという共通点はありますが、各話に関連はありません。
「幻影奇譚~花宵~」 雪のちらつく夜更けに花嫁行列を見た。その夜から少女に異変が起こり始める。
「幻影奇譚」 幼いころに家を抜け出した少年二人と小さな妹。しかし百鬼夜行に行き逢った少年たちは、妹を置いて逃げ出してしまう。そして数年後、行方知れずの妹が十六になる年を迎えて…。
「幻影奇譚~鬼哭(おになき)~」 少女の鬼に繰り返し殺される夢。
「幻影奇譚~現夢(うつつのゆめ)~」 虫と心を通わせる幼い少女。しかし、彼女は姉にも母にも恐れられ…。
「背中ノ思イ出」 男性恐怖症に悩む少女の淡い恋心。
感想
現在コミック版『ゴーストハント(11巻は8/6発売予定)』で知られるいなだ詩穂さんの、初期のオリジナルコミックです。百鬼夜行に烏天狗の姿など有るものの、具体的な妖怪ではなく、鬼や幽霊、あやかしの姫君などが登場する和風ファンタジー作品になります。
私は先に原作付きの『ゴーストハント』を読んでいたので、いなだ詩穂さんのオリジナル作品に入り込めるか不安だったのですが、絵柄が今と変わらず美しいこと(表紙に少し違和感がありましたが、中の絵はあまり変わりませんでした)と、『ゴーストハント』と同じ、怪奇を扱った作品であることから、すんなりと物語を受け入れることが出来ました。しかし読み進めるうち、こちらの方は、よりいなださん自身の色が強く、舞台も登場人物の性格も、『ゴーストハント』とは随分異なっていることが分かりました。
各話感想
「幻影奇譚~花宵~」 深夜の花嫁に、人の思いを描く“生き絵師”の青年、青年に恋がれる少女が登場する怪奇作品。ホラーテイストですが、途中コミカルな描写も多く、この本の中で一番明るい話でした。
「幻影奇譚」 百鬼夜行と幼いころの恋の約束。端から見ると悲劇のような、けれどもそうでもないような恋物語です。ヒロインの少女が、どこまでも純粋な少女性を持ち続けて、それがいっそう人ではないものということを強調しているように感じました。
「幻影奇譚~鬼哭(おになき)~」
先の作品と同様に、危ういほど純粋な少女が出てきます。ただ「幻影奇譚」は恋心でしたが、こちらはもっと生々しく、険しい狂気にとりつかれています。主人公のモノローグも、心が優しい上の悲しさが伝わってます。
夢の中で僕はなぜか子供で
ある時は何か堅い物で叩かれる痛みを感じ 窒息の苦しみにもがき(中略)
そうしていつもあの少女が
鮮やかな山吹色を纏って 微笑みながら傍に立ち
顔が鬼のそれへと変じて行くのだ
この夢の中の微笑む少女が、とても優しげで美しかったです。
「幻影奇譚~現夢(うつつのゆめ)~」 表紙にもなっているこの作品ですが、中身は16ページと短めです。人間に信じてもらえない女の子のやり切れなさと、彼女を見つめる人ではないもの達の不気味さが怖いです。
「背中ノ思イ出」 現代を舞台にした恋物語。男の子の顔を見て話せない少女と、明るい同級生の物語。「幻影奇譚」は、どの場面を見ても怪奇ものと分かりますが、こちらは現実の隙間に入り込んだ不思議な話。明るい雰囲気ですが、とても切ない作品でした。
どれも酷く幻想的な作品です。モノローグや表情は、確かに地に縛られた人間らしい痛みを感じられるのですが、時代的な建物や人々の姿・言葉は、無数の蛍に深夜の花嫁行列、繰り返す微かに甘い悪夢といった描写を引き立たせます。また「人ではない少女達」の描かれ方が、怖いほどに可憐で綺麗でした。
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