悪霊-シュトヘル-(1)/伊藤悠 感想
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2009/08/01 00:43:24
2009/08/01 00:43:24
![]() | シュトヘル (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL) (2009/03/30) 伊藤 悠 商品詳細を見る |
13世紀初頭。史上最強と言われる蒙古軍から「悪霊(シュトヘル)」と恐れられた女戦士がいた――。かつては蒙古の脅威に怯える西夏国(タングート)の一兵士に過ぎなかった彼女だが、数々の死線をくぐり抜け超人的な強さを手に入れる。一方、蒙古側の皇子・ユルールは敵方である西夏文字に魅せられ、その行く末を案じていた……。(裏表紙粗筋より)
転生+憑依系TS作品。高校生である主人公は、炎の中、家が燃え人が死んでいく夢を、繰り返し見ていた。ある晩、奇妙な同級生の少女が奏でる演奏を聴き、気づくと、吊るされた女性の姿で目を覚ます。そして目を覚ました「彼女」を「シュトヘル」と呼び槍を持って襲い掛かる男達と闘い逃げ延びるまでが、第1話となります。
第1巻は全8話収録されていますが、TSといえるのはこの第1話のみ。残りの7話は、記憶を持たない彼女=「シュトヘル」に同級生の少女によく似た瞳の少年・ユルールが、彼女と彼自身を語る話になります。その為、シュトヘルになった主人公の出番はほとんどありません。作品としては面白いですが、全編TSなどを期待すると、1巻は期待はずれかもしれません。ただ、中国伝奇として読むのなら、面白い作品だと思います。
どろりとした炎の色と、激しい女性の表情が印象的な表紙ですが、墨で塗られた中の絵は、さらに凶暴さが増し、荒々しく描かれています。矢が霰と降る様、炎が家屋を燃やし尽くす様、喉を貫かれ槍に跳ねる首。戦の狂乱が聴こえるほどの激しい筆致は、恐怖と同時に興奮を呼び起こします。
しかし、ふいに音がやみ、ただ惨たらしく続く死体が現れた時、その陰惨さに思わず声を漏らしました。緩急のつけ方は凄まじく、戦の荒々しさと死者の静寂を、手のひらに収まる本の中に縛り付けています。
武器を駆使し、知恵を働かせ、人と人で行われる戦争描写も凄まじいですが、一人の少女と一匹の狼の闘いにも圧倒されました。「仲間」を守るための闘いで少女が得た力と、巨大な狼の怒りと力が、互いに牙を剥き出し喰らい合う。牙の衝撃で空気すらも弾けて飛びそうな殺し合い。
息も止まる闘いですが、少女の守る「仲間」、そして狼が抱く怒りを考えると、たまらなく悲しい気持ちにもなりました。
一方、もう一人の主人公ユルールはというと、こちらは楽器を奏で、本を読み、戦を嫌い過ごしています。しかし戦で「文字」が焼き尽くされると知り、彼もまたある決意をします。
「――文字は、人を憶えておくために生まれた。
遠くにあっても、時を越えても、人と人とが交わした心を伝え続ける……。
だから心底美しい。」
今、まるで言葉のように容易く扱える「文字」ですが、もしこの文字が全て消えてしまったら。どの文字の意味も分からなくなってしまったら。話として語り継ぐ、歌にして残すなどの方法もあるでしょうが、どれも確実ではありません。
文字は大切で、失ってはならないものです。ですが、ユルールは美しいと言いました。文字をただ便利な手段ではなく、美しいと想ったのです。私は文字が好きではありますが、美しいとまでは感じられていないように思います。だから彼の「文字」への言葉をもっと聴いてみたいです。
ユルールという主人公もまた、シュトヘルとは違えど、もっと知りたい、見たいと思える主人公でした。
強烈な作風と絵柄は好き嫌いがありそうですが、中国伝奇、激しい戦闘、闘いの中で変わっていく主人公といったものに惹かれる方にはお勧めです。
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